October.29.2009「ザリガニを育てる教育」

October.29.2009「ザリガニを育てる教育」

 苫米地英人さんの著書『テレビは見てはいけない』には色々と独特の理論が書かれていますが、ご自分の子供さんの教育で「今を生かす教育」風のエピソードが142頁に書かれていましたのでそれをご紹介します。

子供が自分から進んで知識を習得したくなる環境を整えてあげることが大事としています。
 苫米地さんの子供が5歳の時にザリガニを捕ってきたそうです。子供さんはそのザリガニを育てたいと言いだし、自分でグーグルで調べて、育て方が詳しく書いてある本があることを知り、「買ってくれ」と父親に頼んできたようです。苫米地さんがその本を買い与えると、彼は夢中で読み込み、いまも自分でザリガニを育てているとのことです。

 他人に与えられたのではなく、自力でザリガニを捕ってきて、それについて調べたいとの意欲が湧き、本を買ってくれと親に頼んでくる。それも5歳児がです。苫米地さんはこれこそ教育だと考えているそうです。これは素晴らしい教育ではないでしょうか。「今を生かす教育」的な考え方のように思えます。

 本の他の内容は総裁先生が死後についての考え方で疑問を呈しておられたような箇所も散見できるように考えられます。心理学的な解明に於いては大変面白いと思いました。また、なぜ、ブッシュ氏が戦争を起こしたかについても論考しています。

共感する箇所もありました。206頁には、「真に意味がある投資は、教育しかないと思っています。教育によって、真に付加価値のあるものをつくりだせる人間を育てることが、これからの日本人が世界で幸せに生きていく道なのです」と書かれています。教育は重要であろうと思います。昨日、松江道場での20年かけた『正法眼藏を読む』の輪読会のことを書きましたが、誌友会や練成会や地方講師研修会などは真理を学ぶ大人に対する教育であろうと思います。そして当然のことながら、各ご家庭や日本や人類の未来にとって「生命学園」が極めて重要であろうと思います。

 中内 英生 

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October.24.2009「生命の教育」

October.24.2009「生命の教育」

 今日は教育に関しての話を30分間、させていただいた。内容は大体、次のようなものです。

 『生命の實相』第1巻(頭注版)の33頁には七つの光明宣言の第七項が書かれております。
『吾等は正しき人生観と正しき生活法と正しき教育法とにより病苦その他一切の人生苦を克服し相愛協力の天国を地上に建設せんが為に実際運動を起こす。』
この中に、「正しき教育法」とありまして、生命の教育を重視していることが分かります。
 私が今持ってきている雑誌は、『生命の教育』誌創刊号ですが、昭和十年八月一日が発行日となっております。

 「発刊の辞」に於きまして谷口雅春先生は、「人の偉大なるは人それ自身の本質による。金の良質なるは金それ自身の本質による。金は鉱石を外から磨いて純金となるのではなく、その本質を抽出するところに純金が顕現するのである。人間の教育もかくの如く、人間を外より磨くよりは、その本質を内より抽出することによって完成するものである。…(後略)』
 このようにご教示されておりまして、人間の偉大さを教育によって抽出することを目的にしております。
 この雑誌は、私が東京におりましたとき、神田の古書協会の役員さんをしておられた方より分けていただきました。
 私たちが学ぼうとしている「生命の教育」のポイントは、聖典『生命の教育』のはしがき2~3頁に書かれております。
①唯神実相の哲学を根幹とする。
②言葉の創化力で引き出す教育である。
③今を生かす教育である。これは、子供が「何かをしたい」と考えたことをチャンスにして行動を開始するやり方である。
④愛の教育である。
⑤秩序を尊ぶ教育である。(中心帰一)
⑥大和の理念、日本の使命達成のための教育である。現在では、国際平和信仰運動の関係で、「世界平和を実現する教育」という文言が加わるのではないかと思います。

 それらの教育のポイントを実践した体験談をご紹介しながらご説明をさせていただきたいと思います。参考書は、生長の家白鳩会中央部篇の「シリーズ母親教室と私」から引用させていただきます。この五つの本は、実に素晴らしい本ですので熟読していただきたいと思います。 

『明るい家庭と楽しい子育て』①の9頁には、「赤ちゃんからのプレゼント」という題名で榎並千恵子さんの体験談があります。三人目を妊娠してから何度か流産したことがあるので御主人から「諦めてくれないか」と云われて苦しみました。しかし、母親教室に行き、生命の神秘というテーマを教わりました。そんな時、実相の御主人にハイを行じるように教えられて行じました。その結果、素晴らしい神の子が誕生しました。いのちを拝み、御主人を立てるようにされた結果でした。

 その他、②から⑤までそれぞれお一方づつご紹介しました。ご登場の皆様は生長の家の御教えを行じて素晴らしい体験を得られた方ばかりです。生長の家の御教えは、行じた時に初めて功徳があるのです。知行合一という言葉もありますが、身・口・意の三業、または思念・発声音・表情の三業を真理で満たすとき、よき結果が出てくるのです。
(おわり)

 中内 英生

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August.12.2009「教育クイズ」

August.12.2009「教育クイズ」

 今日は、地方講師受験の資料作りをしていたが、四つの文章の内、正しいものを二つ選べという問題があった。みなさま、当ててください。

①教育の根本は、児童に宿る無限の可能性を信じ、認め、賞讃して引き出すにある。そして、子どもの心に自信を持たせ勉学に興味を持たすことである。

②生命の教育とは、自由と放任の教育であって、児童の自由放任を認めてあげることである。

③児童に宿る本来健全で、優良な伸びる力を発現させるためには、コトバの力によって、自己限定の心の”縛り”から解放することである。

④教育の根本は、何といっても児童の自我の生長を助けて強力な個性を育てることである。

*答えは次回にします。どうぞお楽しみに。

 中内 英生

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July.29.2009「母親の信念と幼児の信念」

July.29.2009「母親の信念と幼児の信念」

 『生命の実相』第17巻55頁(携帯版)には、子どもの病気を治すには、母親の信念が強くなければならないことが書かれている。これは、病気だけではないのでしょうが、幼児も信仰をもち、それは母親の信仰の反映であるとご教示されております。大意は次の通りです。

 幼児の信仰は母親の信仰の反映ですから、子どもの病気を癒すには母親の信仰が強くなければならない。石川夫人は、愛児が肩胛骨を折って自動車で送られて帰っても、自動車の中に二時間も放置して、外から一切何も施さずに放置して、ひたすら傷ついていない子どもの神の子の実相を拝みだしたほどの人です。だからその子どもさんも信念が強いのです。『母親の信仰が肝心です。』この六歳の芳夫君がある夜、急に虫歯が痛い痛いといって泣き出した。石川夫人は、『聖典を読みなさい。治るから』と言って、生長の家叢書を一冊、芳夫君に与えた。まだ六歳の小学一年生にもならない子どもさんで、仮名だけでもろくろく読めないのですが、どうしたのか振り仮名を頼りに一、二頁読んで行かれた。するとぴたりと虫歯の痛みが取れてそのまま痛みは取れて、スヤスヤと眠りに入り、歯痛は再発しなかった。これは母親の信仰が子どもに投影して、子どもさんが生長の家叢書に触れると、キリストの衣の総に触れたと同様の結果を来たして、「実相」から力が流れ出て子どもの病気が治ったのです。

 現代では、ここまで行う母親はいないと思いますが、体験は体験です。虫歯はその後、やはり歯科へ行って治療するようにしないと後日、再発する可能性もありましょう。イエスの御衣に触れて病気が治った体験が聖書には出ています。御衣は信念を喚起する媒介となったのです。生長の家では、『甘露の法雨』が媒介になることもあります。『御守り甘露の法雨』です。
 高校生の頃だったでしょうか。一時、歯医者に行かなかったことがあります。すると、私の母親が、『谷口雅春先生も歯医者に行かれるのだから行きなさい』と、言われたことを記憶しております。谷口雅春先生は、昔は長期間の御巡錫で虫歯になられても歯医者に行かれる時間が無くて、治療がなかなか受けられなかったことを書いておられたことを記憶しております。どのご著書かは失念しました。
 いずれにしましても、治療すべき歯は治療するのですが、歯痛は、信念で痛みは消滅することも本当であります。

 余談ですが、私が二十年以上愛用している、「ウォーター・ピック」(口腔洗浄器)の会社が日本から撤退したようです。アメリカは歯の健康には力を注いでいる国民性がありまして、その会社が日本ではやっていけなくなったのでしょう。この会社は通販が多く、撤退はオムロンやその他のメーカーの新製品開発が原因ではないかと思われます。かつては良かったのが、販売経路の開発や新製品開発にも知恵と愛とを注いで行きませんと、結果はうまくいかないようになるのかも知れません。それは私たちは既に御教えで学んだ真理であります。

 中内 英生

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July.25.2009「子どものための光明思念の受け方」

July.25.2009「子どものための光明思念の受け方」

 『生命の実相』第16巻(携帯版)163頁には、子どもが病気になったときには親が光明思念を受信し得る受信機になる必要があることが書かれています。内容を学びます。

 患者自身が『生長の家』でうん醸されている光明思念に対して相感応するだけに真実の念を起こしていなければならないのです。患者が幼児であり、保護者がまだ『生長の家』の誌友ではなく『生長の家』を信ずることが充分ではなく、ただ病気を癒すために色々やっているうちの一つの手段のうちの一方法として医者にかかりながら、『生長の家』の光明思念を受けて見たいと云われるような場合には、光明思念に感応するほどには、その患者または看護にあたる保護者に真実の念が動いていない。その時には、その看護にあたっている保護者の『真実の念』を喚起するために、その保護者の方に聖典『生命の実相』を患者の枕頭で読んで貰って、聖典の読誦により真理を知っていただき、少なくとも真理の方向に心が向いてこちらからの光明思念に感応していただけることにしているのです。

 これは実に重大なことがかかれています。聖典『生命の実相』の読誦というのは現在では、聖経『甘露の法雨』でありましょう。「生長の家でうん醸されている光明思念」とは、現在で云えば本部の神癒祈願といったところでしょうか。またそれは「甘露の法雨」の言葉の力の功徳というよりも、拝読する人が真実の念を起こして、神癒の念を受信することができるようになるということです。神様を信ずる純粋な一念が必要でありましょう。母親には子どもを愛する切実な愛念がありますので、受信しやすくなるのかも知れません。

 Mさんという女性ですが、息子さんが交通事故にあったのです。Mさんが病院に行くと、息子さんはすでに霊安室に入れられていました。しかし彼女は息子さんを諦めることができず、聖経『甘露の法雨』を読み続けました。ある時間経過後、夢の中で生長の家の神様のお姿を見たのです。Mさんが息子さんを見ると、どうやら生きているようでした。そして、日一日とお元気になり、結婚もされました。私は母親の愛の一念の強さをMさんから思い知らされた気がしました。

*ご質問をご希望の方は、コメントでご質問されるか、下記アドレスにメールして下さい。コメントはペンネームでよいですが、メールの場合はお名前を明記して下さい。御教えにより回答させていただきます。HHH02342@nifty.ne.jp

 中内 英生

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June.14.2009「子どもの教育は大人の教育」

June.14.2009「子どもの教育は大人の教育」

 『生命の実相』第13巻(布表紙携帯版)10頁には次のような内容がご教示されております。

 子どもの教育ということは、本当は大人の教育なのです。子どもの教育を説くまでに先ず大人に説く倫理をもってしたいと思う。子を良くするには、先ず親を教育しなければならない。それほど、親の心は子に影響を与える。

 生命の教育は、大人の教育です。例えば青少年練成会で子どもが良くなったとします。しかし、家に帰ってからいつのまにか、元の黙阿弥になってしまうことがあります。それは土壌が今まで通りだからです。種子を変えて良い種子を植えましょうとも、土壌がよくなければ、よい作物はできません。お百姓さんが、何よりもまず土作りから始めるのはどのためです。親がまず変わらなければなりません。
 仕事をする能力が向上するために、私たちはかなりな努力をします。子どもの教育は、後継者育成のためですから、もっと大切ではないでしょうか。日本が明治維新によって、植民地化されずに近代化を成し遂げることが出来ました。それは、江戸時代を通して、寺子屋教育によって、誰でも文字を読むことが出来るようになっていたことが大きいという歴史家もいます。
 もっと子どもの教育のために両親が変わる、両親が学習する機会を持ちたいものです。

 中内 英生

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June.11.2009「母親の位置」

June.11.2009「母親の位置」

 『生命の実相』第13巻倫理篇上(布表紙携帯版)51頁には、「本当の教育に就いての講演」として、母親の位置について説かれています。次のような内容です。

 講演の最後に申し上げたいことは、母親というものが子どもに対して持っている特殊の位置ということである。子どもを、素直でないという母親は、きっと母親がその良人に対して、あるいは姑に対して、従順でない心を持っている。その心が映って子どもが、親に反抗すると云うことになって来る。妻或いは母親という位置は、非常に微妙な関係にある。それは、『下の者は、上の者に如何に従うべきか』ということを示すのが妻たるものの位置であるからだ。それが一番下の位置の者であると、人に対して「このようにしなさい」と云う手本を示すという訳にはいかない。そして良人は家長であって、家庭でも最も上の位置にあるのですから、自分自身で下の者は上の者に如何に従順に従うべきかという手本を示すことはできない。そこで、上でも下でもない位置にあって、最高の者の次位にあって、そのほかの人よりは高い位置にあって模範を示し得るところの妻という位置にあるものが、良人に従順に仕える手本を示すことによって、妻以下の地位にあるものが、従順になって来るのです。子どもは最も多く母親のなすこと、いうことの影響を受けるので、母親の性質とか心持ち、態度というものが子どもに最も多く現れてくる。従って、子どもがもっとよい性質が欲しいと思ったら、自らを省みて自分が良くなっていくことが肝要である、とお説きになっておられます。お母さんの生き方はそのように非常に大切なものであります。これは、ご家庭のみならず、団体に於いても、トップに対してナンバー2の人の態度が全体に影響を与えます。単なるイエスマンではいけませんが、やはり中心を大切にするナンバー2の態度は実に重要です。

 中内 英生

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June.06.2009「科学的研究の止揚法」

June.06.2009「科学的研究の止揚法」

 このテーマのポイントは、神の知恵を体現することです。15頁の1行目です。

 『この大自然の大きな知恵をいかにしてわれわれは発現せしめうるかというと、われわれは「我」を捨てて、無我になって、大生命に帰入するしかない。ここにわれわれは常に神想観を修して、理屈でなしに、神の知恵を身に体現するように心がけねばならないのであります。』

 人間の知識は大切ですが、それをどのように使用すべきかは、知恵が要ります。後半には、江藤輝氏が紛失物を見つけた体験が書かれています。神さまの知恵と一致する時に、捜し物が見つかるのです。
 わが家では家内に、頼むとすぐに見つけてくれます。別に神想観を熱心にやっているわけではないのでしょうが、紛失物を見つけるのが得意なようです。

 以前、タモリが出ていた番組ですが、番組スタッフが新宿御苑に穴を掘り、ある捜し物埋めたですが、特殊な能力がある人が探し出した見たことがあります。道具に水道屋さんが使う針金のようなものも使用していました。なぜ、見つけることができるかというと、生命の世界では私たちとあらゆる存在とが繋がっているからのようです。私たちは、常に無我になって生命の世界に飛び込むようにしたいものです。子どもを自分の子どもだと思わず神の子として礼拝することが、生命の教育の基本中の基本です。

  中内 英生

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June.03.2009「鳩の飼育法に学ばん」

June.03.2009「鳩の飼育法に学ばん」

 11頁です。鳩の雛の育て方がこと細かく書かれています。ポイントは、最後の御文章です。次のように書かれています。

 母親が、自分が子を産んでお乳が出てくるというのは、生理的に不思議はないとも考えられますが、生まれた雛鳥の顔を見ることによって、父鳥までがそのソノウの中に乳ビが自然にできて、それを雛鳥に食べさせようという働きが起こってくる自然の智慧にいたっては、ただただ驚嘆するほかはないのであります。

 自然の智慧の偉大さを賛嘆しておられます。人間も自然の一部ですので、鳩と同じ智慧があるはずです。しかし、それがうまくいかないことがあるのは、迷いがあるからです。その迷い、心配心などを取り去って、神さまがお育てになるのだという信仰さえ持てば、素晴らしい育児が行われるのです。次に鳩の飼育法をみてみましょう。
鳩の雛→  http://www.media.osaka-cu.ac.jp/~nakano/dove.html

 先生のご自宅の白鳩が卵を産んで孵化したが、オスとメスの卵である。鳩は雄鳥も雌鳥も卵を温める。北極のペンギンなどは涙ぐましいほどの愛しかたである。乳ビというものを食べさせます。それも雛が大きくなるとだんだんと乳ビの内容の大粒となります。自然の智慧には驚くばかりです。人間は神の子ですから、それ以上の智慧が備わっています。それを開発していくことが私たちの使命でありましょう。

 中内 英生

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June.01.2009「”「今を生かす生活法」の教育法的展開”」

June.01.2009「”「今を生かす生活法」の教育法的展開”」

 今日も『生命の教育』から学びます。9頁です。私たちが子供の天分を伸ばそうと考えると、その子供から自然に内在の才能が現れでようとする時期に、その現れ出ようとする生命を生かすように、培うようにしなければならないと書かれています。

 「もっと知りたいノーベル賞」(2009/1/5)というNHK番組がありましたが、その中でノーベル化学賞の下村脩さんのコメントがありました。授賞は海ほたるやおわんクラゲに含まれているGFPという光る物質を発見したことによります。その結果、癌の部位を特定したりすることができるようになりました。彼はアメリカのジョンソン教授の下で研究を続けていました。教授とは考えが違っていましたが信念を貫いた結果だといいます。
 色々な質問が出されましたが、麻木久仁子さんというタレントさんが、「ノーベル賞を取れる子供に育てたい。大切なことは何ですか」という質問しました。すると、下村先生は次のように答えられました。
「これは私の答えはハッキリしています。子どもに自然現象に対する興味を持たせなさい。もし、子どもが何かに興味を持ったら、それを助長するようにして、抑えちゃいけませんよ。役に立たないとか、何とか言って、抑えてはダメです。それが一番大事だと思います」と。
 これは、「生命の教育」ではないかと思いました。では、もう少し、御文章の内容を学んで参りましょう。

 この教育法は、生長の家で言う「今を生かす教育法」の教育法的展開です。親、保護者、教育者は、才能が出る時期を見逃してはなりません。「今」こそいっさいの生活を支配する鍵です。「今」したいと思っていることを、押さえつけて出さないようにしたならば、発現しようとしているエネルギーは、抑圧されて窒息するようになります。私たちが文章を書くときに、インスピレーションを感じて、「今」書きたくてならない衝動が内から起こっているのです。その時に何かじゃまが入って書けないようなことがありますと、今度書こうと思ってもなかなか思い出しません。それと同じことです。それから考えましても、一度能力が出ようとしたときに、いったん抑えていて又、今度出そうとするならば、その子どもの能力を引き出すのに、非常な努力がいるのです。しかも結果がはかばかしくありません。二重三重の損失を受けることになります。ですから、出ようとするときに引き出すのが子どもの教育の極意であるのです。

 子供というものは、最初は触覚で人生を知るのです。従って、感覚で経験するということが、子どもに内在する知能を引き出し、子ども精神を複雑に発達させる最初の要素になるのです。
(脳医学でも、スキンシップをして幼少時に育てた子どもは、脳が発達し、スキンシップをせずに育てた子どもの脳は発育が遅れるという報告を読んだことがあります。)
 子どもは、人生というものを、行き届いて認識することはできませんが、まず感覚で人生に触れるのです。子どもは生まれるとすぐに、母親の母乳を吸うことを知っています。計らい心のない不思議な智慧です。「吸わなければ生きられない」などという計らい心のない動きが一番尊いのです。大人でそのような生き方ができる方は、悟りを開いた人の境涯でありましょう。自然に催すところの智慧が働く、すなはち子どもの「今」を生かすようにしてあげることが、生命の教育です。

 この項目を拝読して、「なるほど」と得心いたしました。「今」しかないのですから、生きるのは、「今」です。久遠の今です。従って、それを子どもの教育に当てはめるという教育法です。

 中内 英生

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